2017年6月20日火曜日

くちなし

くちなしの道で貴女に逢ったとき

恋人を選ぶようにきらきらした眼差しで

咲きかける花を盗んでいたのです

甘い香りに濡れた指に白いくちなしが

恥じらうように身をまかせていました

足音に気づいた貴女は

ルノアールの少女にように

その花を乳房にあてがい

月のひかりのように見つめたのです

なんとも愛らしい姿のひとつの罪よ

ふふと笑うとふふと微笑んで

梅雨の夜の風が吹いて

いっそう甘く香るくちなしの道を

花の盗人は細い足で逃げて行ったのです

2017年6月11日日曜日

沙羅

うすぎぬの沙羅のはなさくゆふぐれに

こひびとの影はみづのやうにあやうゐ

好きになる心はとても苦痛なのですよ

あなたに逢へば散つてしまふ命でせう

きんじられた人の愛しさその恋しさは

水辺におちる蛍の妖しい炎のやうです

かなしい微笑みは夕闇に消へてしまふ

はらはらはらはらと舞ひ落ちてしまふ

2017年5月11日木曜日

青い恋

青色すがたのひとでした
背の高い紳士にだかれ
雨のワルツを踊る

華奢な背中をゆらし
美しい横顔に微笑み浮かぶ

ぼくは青葉の陰で
雨の滴になって
見つめてた

しとしとしと
はかなげ あやうげ
絹の雨

しとしとしと
ぼくの涙 流れ流れ
散りまする

2017年3月3日金曜日

狐面

緋色の襦袢に袖を通す恋人は

お狐さんになりましょうよと

白い狐面で微笑みを隠します

いつもはかない夜の向こうは

まばゆい月が浮かんだ桃の園

ゆらりゆらゆら春風が吹けば

濡れている髪を小指に絡めて

恥じらうように花びらになる

血の色の瞳の狐に化けたまま

死ぬほど抱いて抱き締めれば

三角耳の影は細い腕を曲げて

すきとおる声で夜空に鳴いた


2017年1月11日水曜日

モンマルトル

冬のゆうぐれ色ガラス

モンマルトルの裏通り

黄色い灯が照らす石畳

細い影が並んで歩いた


シャンソン酒場の重い扉を開くと

馴染みのギャルソンが

Cavabienと手招きして

店の奥のテーブルにつくと

(また騙したな)とワイングラス片手に

モジリアーニが小声で冷やかす

酔っ払いのモーリスなんか

おやおや可愛い人形だ

なんて大きな声で楽しげに笑う


それより

フロマージュと俺たちの葡萄酒をたのんで

みんなでグラスをふれ合わせる

ひさしぶりにピアフの歌に聞き入ると

モジリアーニが恋人に話しかける

ジゴロのくせにモデルにならないかなんて

小指を撫でて口説く始末である

ふふっと満更でもない含み笑いが

恋人の横顔に浮かんだ


にぎやかな笑い声につつまれて

シャンソン酒場の夜が更ける

暗い窓ガラスに滴がながれて

ピアフの恋の歌が心にしみる


恋人とグラスをふれ合わせると

ユトリロの描いたモンマルトルが

深い夜霧にしずむ 深い夜霧に・・・